仮想私事の原理式

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失伝した空手を取り戻す − 沖縄空手道の真髄: 秘伝の奥義「平安の形」の検証

 「沖縄武道空手の極意」シリーズの新垣清氏による、平安型の解説本。本屋で見つけたので立ち読みしたけれど、立ち読みだけでもかなり凄い内容だと分かる。いやマジで凄い。すべての空手家を名乗る人に読んでほしい。そして自らの空手を顧みてほしい。
 昔、糸東流空手をやっていたが、疑問ばかり感じていた。。なぜ型では追い突きメインなのに、組手では逆突きばかり教わるの?。追い突きを「足着地して突く」とするのは、突きにくいし移動の威力も使えないし、意味なくないか? 型と実戦は別なら、何故型をやるの?……「空手の理念てなんだろう? 他の打撃系格闘技・武術との違いはなんだろう?」という問はずっと持ち続けていた。

 それにしても空手界ほど、いい加減な流派が溢れている武道武術は無い。一般人には「道着を着て、突き蹴りで闘えば空手」だと思われている。フルコン系がキックボクシングを取り込み、K-1等での戦い方が拍車をかけた。一方で、漫画(刃牙とかホリランとか)で扱われる空手は、『本当の』空手を演出しようとするが、「目突き・金的等の急所攻撃すること」というアピールのみに留まり、結局は「本来の空手の術理」には触れられない。「現代の技術を取り入れて進化した空手」と言えば聞こえはいいが、原型がなくちゃ進化もないだろうに、と失望してきた。
 でも、それは仕方ない部分もある。伝統空手(特に四大流派)と呼ばれる空手の人達でさえ、松村宗棍からの首里手の流れを伝えられてはいなかったようだし。それは各流派の始祖の段階から既に怪しかったんだろう。じゃあ、沖縄になら本流が残っているかと思えば、どうもこれもオカシイ。同じ系統(首里手)のはずなのに、理念がバラバラだったりする。流派が違えば当然というかもしれないが、そもそも何故、そんなに流派ができているのか(元々、個人指導がメインで、流派という概念がなかったのかもしれないけど)。結局、沖縄ですら「本当の空手(首里手)」は失伝しているんだろう。

 そんな現状で、各流派が「よそはよそ、ウチはウチ」というスタンスで馴れ合っている現在の空手界。その辺が分かるようになって、空手に随分失望した。月刊空手道なんか酷いもんね。アッチもコッチも立てようとするから、同じ「空手」の筈なのに矛盾する理念を恥ずかしげもなく載せる。もちろん、同じ空手でも「個人差」はあるだろうけど、空手の根幹まで違ってちゃダメじゃないの? レスリング選手が道着を着れば柔道選手になれるの?

……以上、空手に対する愚痴。
 そんな疑問にことごとく答えてくれたのが新垣氏だった。ちょうど甲野善紀氏による古武術的身体操作が流行りだした時期に読んだが、新垣氏はそれ以前から「重力利用」「腰を捻らない」等の動きを唱えていた。まぁ、徐々にいうことが変遷してきている部分もあるんだけど、それこそ新垣氏の「進歩」によるものだと思える。

 本書の内容についてだが、はじめに空手の歴史について述べられている。主に首里手に関するものだが、那覇手泊手との違いなどにも触れられる。そして平安の型が現在のような解釈になっていったことについても語られている。この辺りは前著等からの内容と同様だが、まとまっていて読みやすかったと思う。
後半では各平安型の演武写真と分解組手の写真が解説と共に掲載されている。猫足立ちはすべて撞木立ちに変えられている等の新垣氏なりのアレンジもあるが、その説明も為されている。手刀受けと思っていたのが手刀打ちになっているのも面白い。
特に参考になった内容は以下。前著書から述べられている内容や、他の方々と被る内容もあるが、それでも改めて自分の空手の指針にできそう。

    • 歩み足(首里手は動歩行。体重を支える役は相手にさせる)
    • 突きは手が先
    • 呼吸は自然に(自由に)
    • 掴んだら蹴れ、掴まれたら蹴れ
    • 蹴りはハシゴを登るように(これは載ってなかったか?)
    • 体で武器(拳)を隠し、武器(拳)で体を隠す
    • 両手受けはない(片手は攻撃)
    • 両手突きはない(片手は掴み、引き寄せ)
    • 受けだけの動作はない。
    • 技のタイムラグ(肩では複数の動作を一挙動にまとめて表現している場合がある)

 空手の「型」は「技のカタログ」でも「鍛錬」だけのものでもなく、「空手の戦闘理念」を表したものだと思っている。「こういう考えで戦うのが空手だ」という見本。だから「ナイファンチで戦う」「バッサイで戦う」という表現がある。平安の型は古来の型をベースに学校体育用に作成されたものなので、戦闘理念という部分での価値は低いのかもしれないが、それでも「自分が習ってきた型には、こういう意味があったのか」と分かるのは楽しい。