仮想私事の原理式

この世はワタクシゴトのからみ合い

 プラネテス / 幸村誠

 今週は結構、忙しかった。少なくとも普段よりプレッシャーが掛かっていた。
 研究(最近、自分のやってることに『研究』という言葉を当てはめていいのか、疑問になってきた)が落とし穴にはまって動けていないのに、経過報告をする番が回ってきたので、それなりのプレッシャーを負いつつ、
 とりあえず現在はまっている問題点や講じた対応策をパワポにまとめたり、
 プログラムのバグを探しながらウダウダやってみたり、
 そしたら信用してた部分にバグが見つかったり、
 「お、これで改善するか?!」と期待したけど、たいして改善しなかったり。


 まぁ、大変そうに書いてはいるけど、だいたい自分のことは大変に思いたがるんだよな。社会人の苦労に比べれば大したことは無いと思う。つーか、多分、社会人より懸命にやってないし。
 その間、不合格通知とか、卓球やったりとか、ガンマ班と飲んだりとかしてるし。


 なんやかんやで、経過報告は終わらせた。教授から死刑判決が下されるかとビクビクしていたが、なんとか首の皮一枚つながった。
まぁ、進展してなくてヤバいのに変わりは無いんですが。
(後になって思うと、既に見限られていたから、何にも言われなかったんだなぁ)


 余談だが、知らないうちに指導教官が助教授から教授になっていた。ナンも言わないんだもん。びっくりしたよ。というか、あの人、研究も教育もロクにしてないのに、昇進させていいんですか? もうすぐ定年だし、最後くらいお情けで上げとこうか?みたいな雰囲気をヒシヒシと感じる。


* * * * *

プラネテス

 しんどい時にマンガとか読んで、一時的に精神を和ませる(現実逃避する)というのはよく使う手段だ。和ませるだけでなく、やる気を起こさせる作用があることも見逃せない。
 自分にとっての「力を与えてくれるマンガ」王座には、井上雄彦の「スラムダンク」が長いこと君臨していたが、去年は幸村誠の「プラネテス」がその役割を担っている。
 
 去年か一昨年にNHKがアニメ化して、面白いという噂は聞いていた。研究室仲間が貸してくれたのを読んでみて、久々にマンガを読んで感動した。
 もちろん、マンガ読んで興奮するくらい面白いと感じることはよくあるし、泣くこともよくある。でも、それが感動かと言うと、違うと思う。「泣いたら感動」ではない。自分としては、感動というのは、いままで見えてなかった目を開けてもらったようなもんに相当すると思っている(いや、本当のそんなシチュエーションには勝てないと思うけど)。

 「プラネテス」を読むことで、自分の中の何かに触れたように思う。何より全4巻と短いので、読みきるにはちょうどいい。
 
 

 「プラネテス」は人間が宇宙に進出した時代の物語である。スペースデブリ(宇宙のゴミ)を回収する作業員達の話。ワープとか重力制御とか異星人との交流と言った遠未来SFではなく、「火星には到達できて、もう少しで木星にいけるかも」という感じの近未来の話だ(異星人の話は出てくるんだけど)。数ヶ月前の新聞に、現在の地球の衛星軌道上にも、廃棄された人工衛星などのスペースデブリがかなりの数で存在するとあったので、そう遠くない将来、デブリ拾いという職業はできるかもしれない。
 随所に宮沢賢治の詩が引用されているのも雰囲気にマッチしていて、宮沢賢治ファンとしては見逃せない。


 個人的には、

  • 第1巻はユーリ(同僚)の巻。
  • 第2巻はハチマキ(主人公)+タナベ(同僚)の巻。
  • 第3巻もハチマキ+タナベの巻。
  • 第4巻はフィー(同僚)の巻。

だと勝手に思っている(まったく勝手である)。

 登場人物みんな、いろいろ心に迫ることを言ってるし、共感も出来るんだが、特にタナベが凄い。あの人にだけは追いつけそうに無い。観念的にはわかるんだけど、それを実感覚として感じられない。キリストは、タナベみたいな人間だったのかもしれない。
 
 プラネテスは、基本的には「愛」の物語だ。いろいろな「愛」が語られる。男女の愛、家族への愛、兄妹の愛、人間愛。宇宙という人間が生きていくには過酷すぎる世界で、ひとりでは生きていけない世界で、ひとりじゃないから生きてこれたことを気付かせてくれる。
 こんなにアイアイ書いてしまったので、なんかベタベタした恋愛モノを想像してしまった方は安心してほしい。「プラネテス」は単純な愛の讃歌ではないし、ベタベタラブストーリィでもない。そこには、愛を与えるのではなく求め、愛を拒絶するのもまた人間であるという哀しさも描かれているように思う。

 人間はままならない。事故で奥さんは死んでしまう。夢を実現するためには命賭けて努力してライバルを蹴落として他人のことなんざ構っていられない。木星にいくエンジンを作るためには暴走事故だって起きちゃう。兄さんは自分を残して死んでしまう。デブリだらけの宇宙で戦争を起こす奴がいるし、何の罪のないおいちゃんも追放されてしまう。世の中はままならないことだらけだ。

 タナベの愛は「神の愛」だと思う。何もかもを分け隔てなく受け入れ、与える愛。しかし、タナベは人間だ。限界がある非力な人間が、手に負えるはずのない神の愛を持ってしまったら、どうなるのか? 愛に渇き、際限なく求め続ける世界に対して、人間が与えられる愛は万能ではない。神の愛を持ってしまった人間にとって、それは悲劇だろう。


タナベ「愛してる。何もかもみんな愛してるのよ」
 このとき、タナベは泣くしかなかったのだ。このタナベの愛は、宮沢賢治を想像させる。「プラネテス」には宮沢賢治作品と同様の、世界への哀しい嘆きが含まれているように思えてならない。それでもタナベは世界を愛し続けるのだろう。


フィー「あれ(ハチマキ)のどこを気に入って結婚したの?」
タナベ「…どこ? え? や どこってことないですけど」
フィー「あらやだ! 『彼の全てが好きなの(ハート)』ってこと?」
タナベ「て言うか…ん―…結婚しようって言われたとき、他に相手がいなかったし…」
フィー「…へ? つまり…先着順てこと? タナベ」
タナベ「ん―ま―…そ―…ですね…」
フィー「…ハチマキのこと…愛してる? タナベ」
タナベ「? はい もちろん」

 すげぇーと思った。タナベは幸村誠の表現したかった愛、無差別の愛の体現者だ(それとも結婚するときの気持ちって、実際はこういうもの? 未婚なので分からん…)。自分はまだ経験できていないのだが、愛って、そういうものらしい。


なんか、あまり持ち上げてる感じにならなかったけど…絶賛してます。…まぁ、とりあえず、読みなさい。
で、「Please save Yuri」で泣いてください。